河原町稲荷神社
御祭神:倉稲魂命
社格:旧村社
所在地:東京都足立区千住河原町10-13
最寄駅:京成電鉄本線 千住大橋駅
JR常磐線 北千住駅
東京メトロ千代田線・日比谷線 北千住駅
つくばエクスプレス 北千住駅
東武鉄道伊勢崎線(スカイツリーライン) 北千住駅
URL:http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/15_adachi/15009.html
御由緒:空襲により史料を焼失したため創建年代は明らかではない。
河原町には1576(天正4)年より当地にやっちゃば(青物市場)が形成され、当社はこのやっちゃばの守護神として崇敬されてきたことから、創建はこの市場形成の頃と推測される。
千住のやっちゃばは、のちの享保20(1735)年には幕府の御用市場に位置づけられ、神田・駒込と並び江戸の三大青物市場に数えられた。
1776(安永5)年12月には本殿、1804(文化元)年9月に拝殿の造営があったことが判明している。
明治維新後の1873(明治6)年7月5日、村社に列せられた。
1945(昭和20)年4月13日の空襲で社殿と社叢が全焼したが、御神体ならびに神輿庫は類焼を免れている。
1947(昭和22)年、トタン葺の木造社殿にて復興し、1966(昭和41)年に現社殿が造営された。
1968(昭和43)年、国道4号線(日光街道)の拡幅により社地の一部を供出した。
これにより境内の諸整備が行われ、1969(昭和44)年に神楽殿・神輿庫を造替している。
千住河原町一帯には、戦前まで旧日光街道(通称ヤッチャバ通り)沿いに多くの青物問屋が軒を連ねていた。
鎮座地はこのヤッチャバ通りから130mほど西、国道4号線と墨堤通りが交わる千住宮元町交差点の南東、国道側である。
千住大橋駅から国道を横断し、すぐそばの斜めに入る細い路地を道なりに進むと社頭にいたる。
北千住駅からは南側に広がる商店街や住宅街を通り抜け、墨堤通りを横断してから交差点を目指せばいいだろう。
1830(文政13)年造立の一の鳥居を過ぎると「千住青物市場創立三百三十年祭記念碑」が建っている。
千住青物市場は1942(昭和17)年、西新井村本木町の東京北魚市場を統合し、橋戸町の千住大橋そばに新設された足立市場へ移転された。
さらに足立市場の青果部門は1979(昭和54)年に北足立市場へ分離移転し、現在の足立市場は水産物専門の公設市場となっている。
狛犬は足立区内最大。
「やっちゃば」の旦那衆が奉納したもので、浅草神社のそれと類似する特徴が見られることから、神社側では同じ石工の作と推測している。
神楽殿そばに神輿庫があり、1870(明治3)年に製作された宮神輿や町会神輿が収められている。
千貫神輿と呼ばれるものの、実際には450貫ほど(約1.7t)という。
同じく庫内にある1834(天保5年)作の神道厨子二基とともに足立区登録有形民俗文化財となっている。
拝殿前には1850(嘉永3)年鋳造の天水槽。
成田講千住総講中傘下の一派・御乎長講が奉納したもので、講員であった青物問屋等の名が刻銘されている。
鳥居、神輿、狛犬、そしてこの天水槽は、やっちゃばの隆盛と信仰の文化を今に伝える貴重な遺構だ。
拝殿にいたる石段脇に力石が三基、埋め込まれる形で保存されている。
社殿脇には千寿七福神の福禄寿が祀られている。
河原町稲荷神社 御朱印。初穂料300円。
社号の御朱印のほか、千寿七福神めぐり・福禄寿の二種がある。
社殿向かって右手の社務所にて授与されている。
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