寶登山神社(宝登山神社)
主祭神:神日本磐余彦尊・大山祗神・火産霊神
社格:旧県社・別表神社
URL:http://www.hodosan-jinja.or.jp/
所在地:埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1828
最寄駅:秩父鉄道秩父本線 長瀞駅
御由緒:社伝によれば、111(景行天皇41)年、東征の際に当地を訪れた日本武尊一行は遥拝のため宝登山々頂に向かう。
その途中山火事に遭遇し、周囲を猛火に囲まれ逃げ場を失い窮地に陥る。
すると、どこからともなく現れた巨犬達が猛然と火中に飛び込み、火を消し止めた。
巨犬達は尊の前に集まり、まるで道案内をするかのごとく歩き出し、一行は無事山頂へ登り遥拝することができた。
尊は巨犬に篤く感謝したところ、忽然と姿を消した。
日本武尊はこの出来事を山の神の神恩として「神籬(ひもろぎ・御神霊をお迎えするための憑り代)」をお立てになり、神日本磐余彦尊(神武天皇)・大山祇神(尊を救った巨犬=狼が神使)・火産霊神(防火守護)の三柱を鎮祭し、この山を「火止山(ほどやま)」と名づけた。
これが当社の起源であるとされる。
その後弘仁年中(810~824年)に「宝珠の玉が光り輝きながら山上に飛翔する」という神変が起こり、山名と社号はこの吉祥事により「宝登山」に改められた。
1113(永久元)年、真言宗智山派の玉泉寺が境内に開かれ、以降寶登山大権現として神仏習合の性格が強くなった。
明治初頭、神仏分離令により「寶登神社」に改称、更に1925(大正14)年に現在の社号となった。
現在の社殿は、江戸時代末から明治初頭に権現造りにより再造営が行われたもので、欄間には「二十四孝」を始め多くの彫刻が施されている。
2011(平成23)年5月に発行の「ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン(フランス語版第2版)」において、1つ星に選定された。
秩父鉄道長瀞駅から、国道140号線方向に向かうと道路に面して大きな一の鳥居がすぐ見えてくるので、迷うことはない。
一の鳥居から徒歩ならおおよそ7~8分で二の鳥居にたどり着く。
二の鳥居から拝殿までの距離は短く、向かうには長めの石段を登っていく。
拝殿は秩父三社共通の特徴である、彩色も華やかな彫刻に彩られている。
また本殿周囲を囲う御垣内を覗き込むと、日本武尊が東国平定の折に禊ぎを行ったという「みそぎの泉」がある。
拝殿左手奥から裏手にかけて、社殿を護るかのように6社の境内社が鎮座する。
左手奥の水神社では清水が湧き出しており、御神水のお水取りも可能。筆者にとっては境内の中でも特に心惹かれる場所である。
その右手には明治から昭和期に於ける長瀞町出身の戦没者を祀る招魂社。
続いて旧藤谷淵村(現在の長瀞町長瀞)の各所にあった8社の神社を明治時代に合祀した藤谷淵神社。
御祭神は伊勢大神(天照大神・豊受大神)、八坂大神(素戔嗚命)、野栗大神(野栗大神)、諏訪大神(建御名方神)、琴平大神(大国主命)、熊野大神(伊弉冉命)、榛名大神(埴山毘売命)、竃三柱大神(奥津比古命・奥津比売命・火産霊命)、と山岳信仰の神が多い。
その右に当社を創祀した日本武尊のお社。
社殿群の右端には菅原道真公を祀る天満天神社。この付近には渓流もあり、そこに架かる橋を渡った先に宝玉稲荷神社が鎮座する。
この橋を渡り宝玉稲荷神社に向かう際、久々に背中に「ゾクッ」と来るのを感じる。
さすが霊山に鎮まる稲荷神社。
寶登山神社(宝登山神社)御朱印帳。初穂料1,300円。
なお、ピンクの別柄も頒布されている。
寶登山神社(宝登山神社)御朱印。初穂料300円。
御朱印、御朱印帳ともに境内右手の神札所にて拝受できる。
寶登山神社(宝登山神社)奥宮
二の鳥居近くから始まる登山道もしくは山頂近くまでを連絡するロープウェイを利用して奥宮への参拝が可能となっている。
山頂駅の案内図に従い、動物園方向へ散策路を進むと左手に参道石段への入口がある。
これを登り切ると、石鳥居の向こうに奥宮が鎮まっている。
参考:宝登山ロープウェイサイト(運行時間・運賃など)
寶登山神社(宝登山神社)奥宮 御朱印。初穂料300円。
山頂奥宮境内右手に売店兼売店があり、そちらで拝受できる。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません