荒藺ヶ崎熊野神社(大森山王熊野神社)
御祭神:伊弉諾尊・伊弉冉尊・速玉雄尊・事解雄尊
社格:旧村社
URL:http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/11_ota/11001.html
所在地:東京都大田区山王3-43-11
最寄駅:JR京浜東北線 大森駅
御由緒:元享年中(1321~1323年)、紀州より富田・長田・鈴木・橋爪氏らが開墾の為、新井宿の地に移住し自らの氏神である熊野本宮・新宮・那智の三社を勧請し創建したとされる。
1590(天正18)年、当地の領主となった木原家が、元和年中(1615~1624年)日光東照宮造営の棟梁を務め、その際に下賜された余材で当社の社殿を造営した記録が残る。
このときの本殿が現社殿の本殿内に納められおり、これは大田区内最古の神社建築であるという。
また、1643(寛永20)年、木原家第四代義久は築山の上、熊野新宮を奉斎したようだが、新宮山と称された山も切り崩され新宮も現存していない。
明治維新後は村社に列格、戦後の1969(昭和44)年、鉄筋コンクリート造の社殿に改築している。
JR大森駅が最寄り。池上通りを環七方向へ南下すると、大森郵便局そばの信号付近に社号碑がある。
「新井宿義民六人衆霊地参道」の表示もそばにあるのでわかりやすいだろう。
ここを右折して奥へ進むと、義民六人衆霊場・大森鬼子母神で知られる日蓮宗法光山善慶寺の山門に至る。
あれっ?と思うがここが正参道の入口でもある。善慶寺の境内へ進むとその先に熊野神社の鳥居がある。
因みに善慶寺は当社の元別当寺。
神社への参道は急勾配の石段である。中腹に手水がある。
男坂、女坂と分かれているのだが、どちらもかなりの勾配であることに変わりはない。
社叢はまさに霊地といった雰囲気で緊張感がある。
境内東側に建つ鳥居は1796(寛政8)年建立で大田区内では二番目の古さという。
拝殿左脇にや1861(文久元)年銘の狐碑、1817(文化14)年造の庚申塔など、各所に歴史を語る史跡が残されている。
この庚申塔には不思議な逸話がある。
ある老婦人が土中に埋もれた庚申様を掘り出して欲しいと告げられる霊夢を見て宮司に申し出、探したところ男坂の脇に庚申塔が埋まっていたため、掘り出して現在の地に安置されたという。
境内社は一社、参道女坂の中腹に衆善稲荷神社が鎮座する。「衆善」の名は義民六人衆に由来する。
かつては小祠の疱瘡社と天神社もあったが、現在は衆善稲荷に合祀されているそうだ。
荒藺ヶ崎熊野神社 御朱印。初穂料300円。
境内右手の社務所にて受けられる。
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熊野神社の正参道は善慶寺の山門奥では無く現在マイバスケットの手前を左折した道です。
2枚目の鳥居が正式な入口になります。