雑司が谷大鳥神社
概要
江戸時代に鬼子母神堂境内に出雲国・鷺大明神が勧請・奉際されたのを創祀とする。
神仏分離令で分離独立後も社地を拡大するなど地域を中心に篤く崇敬され、毎年盛大に酉の市が行われる。
御祭神 | 日本武命 相殿神 倉稲魂命 |
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社格 | 旧無格社 |
鎮座地 | 東京都豊島区雑司が谷3-20-14 |
最寄駅 | 東京メトロ副都心線 雑司が谷駅 都電荒川線 鬼子母神前停留所 |
URL | http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/toshima/200061 |
御由緒
1712(正徳2)年、出雲藩主松平出羽守の嫡男・万千代が疱瘡にかかり、千登世橋近くの高田村下屋敷で療養していた。
出雲国鷺浦・鷺大明神(現・伊奈西波岐神社)に祈願し平癒したため、鬼子母神境内に鷺大明神を勧請、手水舎の傍らに奉斎したのが創祀といわれている。
以来厄病除けの神として尊崇されていた。
明治政府による神仏分離令により鬼子母神から分離し、神社として存続を図ることとなる。
大鳥神社と改称、大門ケヤキ並木沿いにあった料亭・蝶屋の敷地内に遷された。
(※蝶屋の跡地には五軒長屋が建てられ、これを改修した建物が現存し雑司が谷案内処が入居している。)
旧幕臣であった矢嶋昌郁氏はこの状況を憂い社地として二百坪を奉献、1887(明治20)年に現在地へ遷座し、1917(大正6)年には社殿が新築された。
1940(昭和15)年、社地北側を流れていた弦巻川の暗渠化に伴い、社殿配置の変換が行なわれた。
また同年、境内に隣接していた宮司の私有地(120数坪)を寄進・境内に編入している。
1955(昭和30)年、境内に隣接する土地約150坪を買取、社地を拡張した。
1981(昭和56)年には旧社殿の老朽化に伴い、現社殿への造替と境内整備が行われた。
境内紹介
副都心線・雑司が谷駅1番出口、もしくは鬼子母神前停留所を出て、線路沿いを北に向かうと200m弱で到着する。
社頭の狛犬は独特の姿。
伊奈西波岐神社の狛犬を模しているようにもみえる。
都内の神社の多くは、開発などによって社地を削られている場合が多い。
しかし当社においては次第に規模を拡大してきた歴史がある。
鬼子母神を中心として、信仰と文化を護り活かそうとしてきた地域の方々の努力が感じられる。
境内社
境内社は二社。社殿右手に鎮座しているのは三杉稲荷神社。
もとは日出町の都電通り沿いで個人が祀っていたが1967(昭和42)年、首都高5号線の用地となったため、大鳥神社境内に遷座された。
手水舎のそばに祀られている西宮神社(御祭神:蛭児命)。
大鳥神社が鬼子母神堂境内に鎮座していた頃、恵比寿神も祀られていたが、その後行方が分からなくなっていたという。
2010(平成22)年、雑司が谷七福神の創設に伴い、兵庫県・攝津西宮神社より御分霊を勧請し、再び恵比須神を奉斎するにいたった。
御朱印
雑司が谷大鳥神社の御朱印は拝殿手前左手の授与所にて受けられる。
初穂料300円。
限定御朱印
正月松の内の間は初詣限定、7月1~7日までの間は夏詣限定御朱印となる。
また、当社・七社神社・大塚天祖神社の三社で「都電神社めぐり」と称する企画を行っており、都電車両のスタンプも捺される。
初詣
初詣限定については朱印が通常の社号ではなく「鷺大明神」となっている。
夏詣についても同様。
夏詣
2017(平成29)年は前年と朱印や配色などに若干の変更がある。
末社・西宮神社も同年から対応。
雑司が谷大鳥神社の地図
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