京浜伏見稲荷神社
概要
戦後早々の昭和26年に、京都・伏見稲荷大社を勧請し創建された単立神社。
108体の神狐像が有名なほか、迫力ある重層社殿や巨大な御神鏡を有する。
御祭神 | 常磐稲荷大神(五成大明神) 宇賀之御魂大神・大己貴命・猿田彦神・大宮能女神・保食之神 |
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社格 | 単立神社 |
鎮座地 | 川崎市中原区新丸子東2-980 |
最寄駅 | 東急電鉄東横線・目黒線 新丸子駅 JR南武線・横須賀線・湘南新宿ライン 武蔵小杉駅 |
URL | — |
御由緒
1951(昭和26)年、初代宮司・冨澤冠受大人之命が、京都伏見稲荷大社の神示により御分霊を勧請し、東京と横浜の間に位置する当地に創建した。
社殿は「江戸造り」様式を模したとしており、本殿の周囲を富士山の溶岩で固めた廻り造りで造営されている。
「江戸造り」とは神社の土台に霊峰・富士山の溶岩を積む縁起のよい建築様式で、江戸時代に流行したとされる。
社殿自体は大型の重層建築で、九棟流れ造りと称している。
境内紹介
新丸子駅東口を出て30mほど先の十字路を右折、道なりに200m弱進んだ右手が鎮座地。
1954(昭和29)年造立の大鳥居が境内の入り口に建つ。
大鳥居は鉄製で高さ約14m、笠木部分が約16m長の稲荷鳥居。
境内に入ったすぐ右手に手水舎。
水盤は筑波山から産出された自然石製で、重さ100t・貯水量450lとこちらも巨大。
拝殿にいたる石段の脇には招福池があり、ほとりには注連縄が巻かれた「ときわ磐座」。
この霊石に大神が風神雷神を伴って天降ったとの由緒を持つ。
また招福池の周辺はじめ、境内には数々の神狐像が置かれている。
境内には108体の神狐像があるというが、社殿脇など通常立ち入りできない場所などにもあり、一般参拝者が全てを拝観することは叶わない。
余談だが、一説には修行を重ねた500歳以上の狐が白狐となり、神使になれるという。
1,000歳を超えると神格化し天狐、3,000歳を超えると空狐と呼ばれる。
また、その出現が瑞兆とされ、北斗七星の化身と考えられている黒狐という種もある。
「続日本紀」712(和銅5)年9月己巳の項には伊賀国司が朝廷に黒狐を献上した記述が見られる。
周囲をビルやマンションに囲まれながらも、重層社殿は独自の存在感を放つ。
社地全体、さらには社殿付近が一層嵩上げされているため、4階建て相当以上の高さになっていると思われる。
なお、殿内にある御神鏡は約4.5mと日本最大を謳っている。
境内社
前述した招福池の奥には滋賀県琵琶湖・竹生島弁財天の御分霊が祀られている。
境内に連ねられた朱鳥居は稲荷社らしい風景だが、当社ではこの弁天社の前にある。
弁天社の隣には祇園玉光稲荷社(別名・末広稲荷)、白狐社、身代わり開運稲荷社(別名・武邦稲荷社)の三社が鎮座する。
祇園玉光稲荷は学業成就や技芸上達、身代わり開運稲荷は再生・成長・改善に御神徳があるとされている。
白狐は言わずと知れた稲荷神の御眷属で、特に大切に祭礼を行っているという。
境内南側には三神知恵稲荷社(別名・文殊稲荷)。
三神知恵稲荷の向かい側には富士浅間神社(木花開耶姫命)、白山神社(白山比咩大神)を祀っている。
御朱印・御朱印帳
御朱印
京浜伏見稲荷神社の御朱印は、拝殿向かって左手の授与所にて受けられる。
初穂料は300円から志納で。
以前の御朱印
平成26年に拝受した際には、印は神璽のみで「御参拝記念」と記されていた。
その後、宝珠の印判が加えられている。
御朱印帳
初穂料1,800円。御朱印分は別途。
梅花柄の化粧紙に、金の箔押しで鳥居や御神紋、社号があしらわれている。
京浜伏見稲荷神社の地図
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