徳丸北野神社
御祭神:正一位太政大臣 菅原朝臣道真公
社格:旧村社
所在地:東京都板橋区徳丸6-34-3
最寄駅:都営地下鉄三田線 高島平駅
東武鉄道東上線 東武練馬駅
URL:http://tokumarutenjin-kitanojinja.jimdo.com/
御由緒:正暦年中(990~994年)に、当地に疫病が流行し里人等多数がその犠牲となった。
この時、里人の一人であった徳麿(とくまろ)は、夢に現れた大神から当地にある梅の古木に祈願するよう神託を受けた。
徳麿が神託の通り疫病の収拾を祈願したところ、霊験が得られ疫病の流行は終息した。
霊験は梅を愛した天神・菅原道真公によるものとして、山城国北野天満宮より御分霊を勧請、当地に祠を造立し天満宮と号した。
995(長徳元)年正月11日には御幣帛が捧げられ、稲作の作業次第を演じ舞い、神威を安んじ奉った。
この舞は「田遊び神事」として創建以来一年も休まず続けられている。
以来、当社は旧徳丸郷の氏神(徳丸・高島平・新河岸地区)となり、江戸時代は天神社、天満宮、北野神社などと称され崇敬を集めていた。
1872(明治5)年11月19日に村社に列格し、1873(明治6)年、社号を改正し北野神社となった。
旧社殿老朽化のため1966(昭和41)年に幣殿・拝殿および本殿覆屋を造営している。
「田遊び神事」は1976(昭和51)年赤塚諏訪神社とともに国の重要無形民俗文化財に指定されている。
東武練馬駅付近から徳丸8丁目までをつなぐ徳丸通りを1.1kmほど北へ。
この徳丸通りと交差して東西方向を通る「徳丸槙の道」という道路がある。
交差点から徳丸槙の道を東へ150m弱ほど進むと左手に、表参道の鳥居がそびえる。
北東にまっすぐ伸びた参道は、いったん路地と交差する。
ここに二の鳥居、その傍らには国の重要無形民俗文化財指定を受けた「田遊び神事」の碑が。
西側にも短い参道があり、それぞれに手水舎が置かれている。
北野神社なので撫で牛が当然いるわけだが、その耳には梅の造花が飾られていた。
牛の柔らかい表情とも相まって、他にはない愛らしさをかもし出す。
拝殿前には立派な榊の木が一対。
その裏を覗くと尾流れの狛犬がしっかり社殿を護っていた。
徳丸北野神社には境内社が多く鎮座する。
表参道には入口側から天王神社、出羽三山神社(月読命・伊氐波命・大山祇命・大己貴命・少彦名命)。
由緒書きは特にないのだが、出羽三山神社には300年程前から続く講が存在し、篤く崇敬されているそうだ。
水神社(水波能売命)と浅間神社(木花開耶姫命)。
高さはほとんどなくなってしまっているが、実は「徳丸富士塚」という富士塚である。
浅間神社の左隣には祖霊社、須賀神社(健速須佐之男命)、稲荷神社(保食命)と末社三社が並ぶ。
撫で牛の左脇には伊勢参宮記念碑をはさんで天祖神社(天照大御神)と石上神社(天穂日命)。
その隣に三峯神社、杵築神社(大国主命)と稲荷神社(保食命)。
徳丸北野神社 御朱印。初穂料300円。
社殿右手の授与所にて。
浅草神社で見た「夏詣」のスタンプがこちらでも。
なお、こちらの神職さんには大変丁寧で心遣いのあるご対応をいただいた。
非常にありがたいことである。
徳丸北野神社では以下の兼務社の御朱印対応もされている。
大松氷川神社・北町浅間神社・四葉稲荷神社
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません