東大島神社
概要
昭和20年の東京大空襲で焼失した東大島地区の鎮守五社を合わせ祀った神社。
境内には各社の遺構が保存されている。
御祭神 | 天照皇大神 牛島大神(須佐之男命・天之穂日命・貞辰親王) 稲荷大神 |
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社格 | 旧無格社(合祀五社全て) |
鎮座地 | 東京都江東区大島7-24-1 |
最寄駅 | 都営地下鉄新宿線 東大島駅 |
URL | http://www7b.biglobe.ne.jp/~higashioojimajinja/ |
御由緒
江戸入府した徳川家康の命により開削された小名木川は、水運の重要ルートとして発展し、その流域には新たな村が生まれた。
現在の東大島地区の各村には永平神社(旧深川出村鎮守)・子安神社(旧平方村鎮守)・小名木神社(旧小名木村鎮守)・北本所牛島神社(旧北本所出村鎮守)・南本所牛島神社(旧南本所出村鎮守)という五社が祀られ、例祭・行事なども盛大に行われていたという。
1945(昭和20)年3月10日の東京大空襲により地区一帯は焼土と化し、五社も社殿はじめ諸施設・社史など古記録の一切を焼失する。
戦後復興祭をきっかけに神社再建の声があがったが、復興途上の当時において五社各々の再建は容易ではなかった。
各社総代・有志は数次の会合を経て五社の合併を決議し、牛嶋神社ならびに猿江神社宮司協力のもと、1949(昭和24)年11月15日に東大島神社が創立され、社地を取得する。
1952(昭和27)年には旧社殿を造営し、翌1953(昭和28)年には竣工記念大祭が盛大に執行された。
地区一帯が往時の賑わいを取り戻した1978(昭和53)年には現社殿に造替、新たに参集殿を造営している。
2002(平成14)年、御鎮座50年事業として社殿修復、2007(平成19)年には境内玉垣改修工事等も行われた。
境内紹介
最寄りの東大島駅・大島口から、高架と並行する新大橋通りを横断し、西の大島駅方向へ進む。
約200m先にある歩道橋下で、右へ分かれる路地へ入ると100mほどで社頭にいたる。
なお、さらに40m先の西側にも参道がある。
表参道の鳥居は1908(明治41)年銘、西側の鳥居は1915(大正4)年銘で、ともに江東区有形文化財(建造物)として登録されている。
境内の各所には、合祀された各社の古い石造物が集められている。
戦後に誕生した神社ではあるが、寄せられた篤い敬神の念はそれぞれの祭神にも届いていることであろう。
境内社
境内社は西側鳥居そばの一角に集められている。
六角石塔は1823(文政6)年造で、小名木神社に祀られていた。
祭神は罔象女命・大山祇命・猿田彦命・天鈿女命・埴山媛命。
豊栄社の祭神は相模国鎌倉鶴岡宮仕 船玉宮祭主神富齋宮源常昭とある。
石祠は1805(文化2)年造、おなじく小名木神社に奉斎されていた。
水神宮(筒能男之神)の石祠は1761(宝暦11)年造。
こちらも小名木神社からの遷座。
旧南本所牛島神社から遷された庚申塔は1787(天明7)年造。
邪鬼を踏みつける青面金剛の立像で、台座には三猿が配されている。
境内社および庚申塔は、すべて江東区の登録有形民俗文化財。
御朱印
社殿向かって右手の社務所にて受けられる。
初穂料300円。
東大島神社の地図
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