金王八幡宮

2014年2月1日

金王八幡宮
源義家により創建された渋谷・青山地区の総鎮守。
徳川家光が世継に決定した折、その目付役・青山忠俊が春日局とともに寄進した社殿が現存する。

御祭神 応神天皇(品陀和気命)
社格 旧郷社
鎮座地 東京都渋谷区渋谷3-5-12
最寄駅 JR山手線・埼京線・湘南新宿ライン 渋谷駅
東急田園都市線・東横線 渋谷駅
京王電鉄井の頭線 渋谷駅
東京メトロ銀座線・半蔵門線・副都心線 渋谷駅
URL http://www.geocities.jp/ynycr674/

御由緒

第73代堀河天皇の御代、1092(寛治6)年1月15日に鎮座。
高望王流桓武平氏の一族で秩父別当・平武基は、平忠常の乱(長元の乱)において功を立て、軍用八旒の旗を賜り、その内の日月二旒を秩父の妙見山(現・武甲山か)に納め八幡宮と崇め奉った。
武基の子で渋谷氏の祖・河崎土佐守基家とその嫡子・重家は後三年の役(1083~1087年)において源義家軍に参向し、先陣を務め大功を挙げた。
義家は、この勝利が基家の信奉する八幡神の加護であるとし、拝持する秩父妙見山(武甲山)の月旗を乞い求め、この地に八幡宮を勧請した。
その後、重家が挙げた軍功により堀河天皇から渋谷姓を賜り、当八幡宮を中心に居城を構え、渋谷氏は代々当八幡宮を氏族の鎮守として崇めた。これが渋谷の発祥ともいわれる。
渋谷氏が武蔵谷盛庄七郷(渋谷、代々木、赤坂、飯倉、麻布、一ツ木、今井等)を領していたため、当八幡宮は渋谷、青山の總鎮守として現在まで崇められている。
幕末まで隣接する天台宗の寺院・渋谷山東福寺が別当寺を務めた。

渋谷金王丸常光

金王の由来は、渋谷金王丸常光に拠る。
金王丸は源義朝・頼朝に仕えたが、頼朝から命を受け、源義経討伐に向かった京都で討たれた。
金王丸の名は平治物語、近松戯曲などに、また土佐坊昌俊として源平盛衰記、吾妻鏡、平家物語などにみえ、その武勇のほどが偲ばれ、この名声にちなみ当八幡宮は「金王八幡宮」と称されるようになった。
なお、頼朝が金王丸の誠忠を偲び、その名を後世に残すべく移植した「金王桜」が代々実生により育て植え継がれ、江戸時代には江戸三名桜に数えられるなどしながら現在も社殿脇にある。

境内紹介

金王八幡宮 大鳥居金王八幡宮 社号標と二の鳥居
金王八幡宮 神門金王八幡宮 手水舎
明治通り・並木橋から六本木通りに至る坂の途中、「金王神社前」交差点を左に曲がると表参道の大鳥居がそびえ立っている。
参道をまっすぐ進むと社号標と神門にいたる。
神門は江戸中期の造営で、社殿とともに渋谷区有形文化財の指定を受けている。
金王八幡宮 神楽殿金王八幡宮 境内全景
金王八幡宮 狛犬 (2)金王八幡宮 狛犬 (1)
金王八幡宮 拝殿金王八幡宮 本殿
神門をくぐると左手に手水舎。
境内神楽殿前にはベンチが置かれ、近隣のサラリーマンや学生らの憩いの場となっている。
拝殿前の狛犬は1900(明治33)年奉納。
拝殿向拝部分の彫刻に鮮やかな彩色が施されている社殿は、徳川家光が将軍の世継に決定の折、家光の目付役・青山忠俊が家光の乳母・春日局とともに1612(慶長17)年に寄進したといわれている。

境内社

金王八幡宮 玉造稲荷神社金王八幡宮 御嶽神社
神楽殿の右脇に鎮座する末社の玉造稲荷神社(宇迦之御魂命)は江戸中期の創建。
その隣、御嶽神社(櫛眞知命・大己貴命・少名毘古那命・日本武尊)は武州御嶽神社の分社である。
金王八幡宮 御嶽神社狛犬 (2)金王八幡宮 御嶽神社狛犬 (1)
末社・御嶽神社の狛犬は、戦前実践女子大内に奉斎されていた香雪神社から寄進されたもの。
境内南西側の鳥居も同じく香雪神社からの寄進である。
ちなみに香雪神社の社殿は出雲大社東京分祠の祓社として寄進されている。
金王八幡宮 南西側参道鳥居金王八幡宮 金王丸影堂
金王八幡宮 金王丸影堂狛犬 (1)金王八幡宮 金王丸影堂狛犬 (2)
金王丸影堂の御祭神は社号の由来となった渋谷金王丸常光。
毎年3月の最終週には殿内に納められている金王丸の木像が御開帳される。

金王桜と金王丸尊像

金王八幡宮 金王桜金王八幡宮 金王丸尊像
2016年3月26日追加:「金王桜まつり」時の、開花した金王桜と御開帳された金王丸尊像。

御朱印・御朱印帳

御朱印

渋谷金王八幡宮 御朱印
金王八幡宮 御朱印
金王八幡宮 御朱印(御鎮座九二五年)
金王八幡宮 御朱印(御鎮座九二五年)

金王八幡宮の御朱印は初穂料300円。
拝殿向かって右手の社務所にて受けられる。
ちなみに向かいの豐榮稲荷神社の御朱印もこちらでお願いできる。

御朱印帳

金王八幡宮 御朱印帳

金王八幡宮の御朱印帳は初穂料1,500円。
表は渋谷金王丸常光、裏は金王桜がデザインされている。

金王八幡宮の地図