鮫洲八幡神社

鮫洲八幡神社
御祭神:誉田別尊
相殿神:気長足姫尊・伊弉諾尊・伊弉冉尊
社格:旧村社
所在地:東京都品川区東大井1-20-10
最寄駅:京浜急行電鉄本線 鮫洲駅
URL:http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/09_shinagawa/9019.html
御由緒:創建の年代は明らかではないが、江戸時代前半の寛文年間(1661~1672年)以前といわれている。
鎮座地・大井村御林町開闢以来の奉斎と伝えられ、同町の総鎮守であった。
大井村の御林浦・御林町(旧大井鮫洲町、現・東大井1丁目、同2丁目の一部、同4丁目)は、幕府の直轄林(御林)を開発したことが地名の由来で、幕府に海産物を納入する「御菜肴八ヶ浦」のひとつとして発展した。
※(御菜肴八ヶ浦は本芝・芝金浦・品川浦・御林浦・羽田・生麦・ 神奈川・新宿の各猟師町)
鮫洲明神、御林明神、御林八幡宮と称され、常林寺来迎院(大井6-18-8)と来福寺(東大井3-13-1)が隔年で奉仕した。
毎年5月には神楽湯立等の神事を行っていたほか、8月には海上安全・豊漁・船中守護を祈願する海中祭が行われ、惣町大神輿が海中渡御されていたという。
1738(元文3)年には社殿修復・遷宮が行なわれ、1813(文化10)年3月にも再建の記録が残っている。
1929(昭和4)年8月14日、大井林町に鎮座していた白山神社を合祀した。
鮫洲八幡神社 鳥居と社号標鮫洲八幡神社 手水舎
鮫洲駅を出てすぐ右手の路地に面して北参道の入口がある。(横浜ドライビングスクール脇)
表参道は、線路を背中にしてこの路地を左(海側)に50mほど進み旧東海道へ。
旧東海道に出たら右(蒲田方向)を向き、最初の曲がり角(マルエツプチ鮫洲駅東口店脇)で線路側に伸びる細い路地に入る。
鮫洲八幡神社 鳥居脇昭和16年狛犬 (1)鮫洲八幡神社 鳥居脇昭和16年狛犬 (2)
社地は古い玉垣に囲まれ、鳥居から拝殿前に至るまで三対の狛犬が置かれている。
鳥居のそばには1941(昭和16)年造の小ぶりな狛犬。
今でこそ「鮫洲」といえば運転免許試験場のイメージだが、由緒の通り鎮座地一帯はもと漁師町だった。
大正から昭和30年代にかけて海岸は埋め立てられ漁業は行われなくなったが、かつての漁師達によって奉納された石造物が数多く残されている。
鮫洲八幡神社 嘉永2年狛犬 (1)鮫洲八幡神社 嘉永2年狛犬 (2)
手水舎を過ぎたところには幕末期、1849(嘉永2)年造の狛犬。
江戸尾流れで両方とも子抱きの阿形。
この狛犬には子授けの霊験があるとされ、男児を望む場合は右、女児を望む場合は左の狛犬に祈願するのだという。
拝殿前の狛犬は岡崎現代型なので諸々省略。
鮫洲八幡神社 拝殿鮫洲八幡神社 八幡造本殿
RC造の現社殿は八幡造で、1972(昭和47)年5月に造営された。
なお、この時解体された旧社殿の彫刻は手水舎に転用されているという。
境内の風景は、品川区政40周年および区民憲章5周年にあたる1987(昭和62)年に、区民によって選定された「しながわ百景」にも指定されている。
鮫洲八幡神社 出世稲荷神社 鳥居鮫洲八幡神社 出世稲荷神社 社殿
社殿右手には趣ある石蔵造の出世稲荷神社(宇迦之御魂命)。
出世稲荷と神楽殿の間が北参道で、鮫洲駅出入口にほぼそのまま繋がっているため、近隣の方が時折ここを通り抜けていく。
鮫洲八幡神社 神楽殿鮫洲八幡神社 境内社鳥居
鮫洲八幡神社 富士浅間大神碑鮫洲八幡神社 神池
社殿左手、境内の南側にも鳥居が設けられ、境内社にいたる参道がある。
富士浅間大神の碑はかつて富士講が存在したことを示す。
残念ながら祠などはなく、浅間神社が祀られているわけではなさそう。
鮫洲八幡神社 漁呉玉神社(水神社)鮫洲八幡神社 厳島神社
柵に囲われた池のほとりに厳島神社(市杵島姫命・鮫祠)と漁呉玉神社(通称水神社、綿津見神)。
漁呉玉の読みは「なごたま」。
漁師町らしく水と海の神がそれぞれ祀られている。
八幡様だけではなく、こちらの神々も古くから漁師たちに崇敬されてきたのであろう。

鮫洲八幡神社 御朱印
鮫洲八幡神社 御朱印。初穂料は300円を納めた。
神楽殿横の社務所にて拝受。
御不在がちのようで数度参拝ののち、例祭中の比較的落ち着いた時間を見計らって再訪。
大変丁寧にご対応くださった。