秩父神社(知知夫国新一之宮)

2014年8月27日


主祭神:八意思兼命・知知夫彦命・天之御中主神・秩父宮雍仁親王
社格:旧国弊小社・別表神社・武蔵国四之宮・知知夫国新一之宮・延喜式内小社
所在地:埼玉県秩父市番場町1-1
最寄駅:秩父鉄道秩父本線 秩父駅
西武鉄道西武秩父線 西武秩父駅
URL:http://www.chichibu-jinja.or.jp/
御由緒:社地は元々、武甲山を遥拝する聖地であったと考えられている。
平安時代初期の史書「先代旧事紀」の第10巻「国造本紀」によれば、紀元前87(崇神天皇11)年に知知夫国の初代国造に任命された知知夫彦命が、その祖神・八意思兼命を奉斎したことに始まるとされ、927(延長5)年に編纂された「延喜式神名帳」に式内小社としてその名がある。
鎌倉時代、付近に祀られていた桓武平氏良文流の系統・秩父平氏が奉じる妙見菩薩を合祀して以降、妙見信仰と習合し本来の「秩父神社」よりも「秩父大宮妙見宮」の名称の方が有名となった。
明治初頭の神仏分離令により、妙見菩薩と習合していた天之御中主神に祭神を改め、秩父神社の旧社名に復した。
戦後は1948(昭和23)年に神社本庁の別表神社指定となり、1953(昭和28)年には1月4日薨去した秩父宮雍仁親王(昭和天皇の弟宮)を合祀した。
2006(平成18)年、全国の一之宮が加盟する「全国一の宮会」から「知知夫国新一の宮」に認定された。
毎年12月3日に行われる例祭「秩父夜祭」は京都祇園祭、飛騨高山祭と共に日本三大曳山祭のひとつに数えられ、国の重要無形民俗文化財に指定されている。



秩父鉄道秩父駅が最寄り。駅前のロータリーから左(南)に200mほど歩くと一の鳥居がある南門にたどり着く。
社号碑には風格を感じさせる「国幣小社」の文字が刻まれている。
鳥居をくぐると左手に手水舎。この手水舎にも繊細な彫刻が施されている。
参道を進むと朱塗りの神門に迎えられる。この神門を過ぎた右手に「柞の禊川(ならのみそぎがわ)」という御手洗川がある。
川の水は御神体山である武甲山から湧き出る伏流水とのこと。
ちなみに、ここでは水にさらすと文字が浮かび上がる「水占いみくじ」なる珍しい神籤を拝受できる。



社殿は、戦国時代末期に兵火により焼失した後、1592(天正20)年に徳川家康が代官・成瀬吉右衛門に命じて再建・寄進したもの現存する。
名工・左甚五郎作とされる東の「つなぎの龍」の他、お元気三猿(西)、子宝・子育ての虎(南)、北辰の梟(北)など四方を極彩色の彫刻群に覆われており大変豪華な造りとなっている。
江戸時代初期の権現造りを現世に残している貴重な建造物であり、棟札と共に埼玉県有形文化財に指定されている。

境内社は9社。まずは社殿向かって右後方の皇大神宮(天照大御神)、左後方の豊受大神宮(豊受大御神)。

本殿後方には全国の一宮やそれに準ずる神社の祭神75座が祀られた天神地祇社。

社殿に向かって左手の参道脇には日御碕宮(須佐之男神)、諏訪神社(健御名方神・八坂刀賣神)。

さらに柞稲荷神社(倉稲魂神)。
反対側の参道右手、柞の禊川の向こうに東照宮(徳川家康公)。

そしてその隣に天満天神宮(菅原道真公)と禍津日神社(禍津日神)である。

秩父神社 御朱印帳。初穂料1,000円。

秩父神社 御朱印。初穂料300円。
御朱印、御朱印帳ともに社殿右手の授与所にて受けられる。
初参拝は夏の終わりになったが、付近の神社への参拝と併せてぜひ今度は夜祭を拝見しに伺いたいものである。

おまけ

秩父神社そばに鎮座する柞祖霊社。境外摂末社もしくは兼務社のようである。
御祭神は幽冥大神と氏子・崇敬者などの祖霊。