阿伎留神社

2017年4月10日あきる野市

阿伎留神社
御祭神:大物主神・味耜高彦根神・建夷鳥神・天児屋根命
社格:旧郷社・延喜式内小社
所在地:東京都あきる野市五日市1081
最寄駅:JR五日市線 武蔵五日市駅
URL:http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/nishitama/akiruno/5491
御由緒:創建の年代は不詳。
社号の「阿伎留」は、「畔切」「阿伎瑠」「秋留」などとも書かれるが、いずれも読みは「あきる」。
901(延喜元)年に成立した史書「三代実録」には、884(元慶8)年7月15日「授武蔵国正五位上勲六等畔切神従四位下」と記されている。
927(延長5)年編纂の延喜式神名帳では武蔵国多磨郡八座の筆頭として記載された。
940(天慶3)年、藤原秀郷が平将門征討の戦勝を祈願し、山城国・大原野明神(京春日)の土を遷し祀ったとされる。
鎌倉時代以降も有力武将が篤い崇敬を寄せ、1993(建久4)年7月には源頼朝による社領の寄進があったほか、足利尊氏や北條氏康も社領を寄進している。
1591(天正19)年11月、徳川家康は秋留郷松原の内で社領十石を寄進、以後代々将軍家は先例に従っており、その朱印状12通が残っている。
江戸時代には社領の地名から「松原大明神」、あるいは吉田家の関与に因って「春日大明神」などと称された。
1830(天保元)年12月の五日市大火により社殿はじめ一切が烏有に帰したため、1850(嘉永3)年4月仮殿を造営し、そのまま幕末を迎えた。
1873(明治6)年12月郷社に列せられ、1888(明治21)年11月に本格的な社殿の再建がなされる。
1907(明治40)年5月4日には神饌幣帛料供進神社に指定された。
なお、境内末社の若電神社(加茂別電神)と伊多弖神社(五十猛命)は、三代実録所載の「若雷神」「伊多之神」に比定される。
阿伎留神社 社号標阿伎留神社 鳥居
武蔵五日市駅を出て右手、檜原街道を750mほど進むと「五日市出張所入口」信号で左手の路地に入る。
そこから250m先の突き当りがちょうど社地の真裏で、参道は突き当り左手の曲がり角へ入った奥にある。
阿伎留神社 手水舎阿伎留神社 神楽殿
阿伎留神社 狛犬 吽阿伎留神社 狛犬 阿
阿伎留神社 祓戸社阿伎留神社 拝殿
鳥居をくぐった奥に見えるのは1931(昭和6)年造の神楽殿。
神楽殿へいたる途中の右手に社殿があり、拝殿脇には祓戸社、そして1914(大正3)年奉納の狛犬が坐す。
1888(明治21)年造営の社殿は、二重破風や千木の直線が印象的だ。
阿伎留神社 本殿前方阿伎留神社 本殿後方
当社の宮司家は創建以来70余代目とされ、その初代は天穂日命・建夷鳥神を遠祖とする土師氏の系統で武蔵国造・土師連男塩。
創祀の由緒は土師連男塩が氏神を祀った・・・と推測する説がある。
阿伎留神社 まいまいず井戸阿伎留神社 古井戸
本殿脇には古井戸がある。
大正期に掘られたもので、現在は井戸として利用はしていないそうだが、今も水は涸れていない。
大きく周囲を掘り下げた中央に井戸があるこの形式は「まいまいず井戸」との呼称がある。
「まいまいず」とはカタツムリのことで、地表から渦を巻くように掘られる特徴に由来する。
火山灰層や砂礫層など脆い地層に厚く覆われた多摩北部から埼玉県西部で多く見られ、地下水が湧出する層まで垂直に掘る技術が未発達であった頃に確立された方法といわれている。
阿伎留神社 境内小祠 (1)阿伎留神社 境内小祠 (2)
阿伎留神社 境内小祠 (3)阿伎留神社 境内小祠 (4)
末社について、境内の由緒書きや東京都神社名鑑所載のそれと現状が異なっているようだ。
由緒書きには以下のように記載されているほか、神社名・祭神名が不明な小祠が境内各所に鎮座している。

    境内末社

  • 大鳥神社(若電神社・熊野神社を合祭)
  • 菅原神社(小川神社・占方神社・倭建命神社を合祭)
  • 日枝神社(伊多弖神社・松尾神社・平野神社・庭津日神社・国造社を合祭)
  • 稲荷神社(松原稲荷神社・白光稲荷神社・福穂稲荷神社)
    境外末社

  • 琴平神社(五日市入野峰山頂)
  • 熊野神社(中入野熊野山)

このほか東京都神社名鑑には市神社とあるが、現在は檜原街道沿いの五日市ひろばに遷されたようだ、
阿伎留神社 占方神社阿伎留神社 大鳥神社
さて現状だが、まず参道に入ってすぐ右手に占方神社が鎮まっている。
ネット上に祭神を天兒屋命や布刀玉命と憶測する記述が見受けられるが誤り。
「櫛真知神」の扁額がしっかり掲げられている。
神楽殿脇には大鳥神社(思兼神・大名持神・事代主神)。
余談だが、合祀されている若電神社の祭神・加茂別電神は賀茂氏(鴨氏・加毛氏とも)が祀っていた神。
そして味耜高彦根神の別名は迦毛大御神(かものおおみかみ)といい、やはり賀茂氏所縁。
土師氏系統だけではなく賀茂氏の流入もしくは影響があったのか、はたまた農耕神や水神としてそれぞれを祀っただけか。
阿伎留神社 旧倭建命神社・菅原神社・占方神社阿伎留神社 菅原神社(天満宮)
占方神社が以前鎮座していた合殿は、今も阿伎留神社本殿の後方にあるが、もぬけの殻のような気配。
小川神社と倭建命神社も占方神社へ遷されたか。
同じく合祀されていた菅原神社は、現在境内南東の一角に真新しい社殿で祀られている。
しかもこの敷地はどうも「日枝神社・松尾神社」と掲示されていた社があった場所のようだ。
伊多弖神社はじめ、各社は一体どの社に配祀されているのだろうか。
阿伎留神社 稲荷神社 鳥居阿伎留神社 稲荷神社 全景
稲荷神社(稲倉魂神・保食姫神)の鳥居には「白光稲荷神社」の扁額があるが、松原稲荷神社と福穂稲荷神社も合わせ祀られているのに変わりはないだろう。

阿伎留神社 御朱印
阿伎留神社 御朱印。初穂料300円。
神楽殿右手後方(境内西側奥)の社務所にて受けられる。