沼袋氷川神社

2016年12月20日

概要

南北朝時代の正平元(貞和2)年、大宮氷川神社より勧請し創建された。
江古田原合戦の際、太田道灌が献植したという「道灌杉」跡や区内で唯一参拝可能な七福神などが見所。

御祭神 須佐之男命
社格 旧村社
鎮座地 東京都中野区沼袋1-31-4
最寄駅 西武鉄道新宿線 沼袋駅
URL http://hikawa-n.or.jp/

御由緒

南北朝時代の1346(正平元・貞和2)年、武蔵国一宮・大宮氷川神社より勧請した御分霊を当地に奉祀したことに始まる。
1477(文明9)年、太田道灌が豊島氏を攻略した江古田・沼袋原の戦い(江古田原合戦)の際、道灌は当社に本陣を布き、戦勝を祈願して境内に一株の杉を献植したといわれている。
江戸時代の正保年間(1645~1648年)に代官・野村彦太夫により社殿の修築が行われたほか、明治・大正期にかけてたびたび増改築された。
1988(昭和63)年、昭和天皇御即位60年記念事業として社殿が造替されたが、それから約一年七ヶ月後の1990(平成2)年3月19日、不審火により焼失している。
(東京都墨田区東向島の白鬚神社、世田谷区船橋の神明神社も同時刻に発火・全焼しており、極左過激派組織の一派・中核派による時限発火装置を用いた放火テロとみられている)
被災後ただちに早期再建を目指し奉賛会が結成され、翌1991(平成3)年8月には現社殿が再建された。
また2011(平成23)年3月11日の東日本大震災では裏参道の大鳥居が倒壊したが、これも翌年の2012(平成24)年に再建されている。

境内紹介


沼袋駅北口から線路伝いに東へ徒歩約3分。
南面に表参道の入口がある。
妙正寺川が湾曲する内側の丘状地形に鎮座しており、社殿へは緩やかに登っていく。

一の鳥居と二の鳥居の間に、参道左手に鎮座する中野七福神を指し示す案内。
2009(平成21)年8月に奉斎され、中野区内で唯一七福神巡拝ができる場となっている。

狛犬は江戸末期の1864(文久4)年正月奉納。
子育て狛犬といわれ、3回なでるとお産が軽くなる言い伝えがある。


神楽殿は1955(昭和30)年造、手水舎は1962(昭和37)年造と比較的新しい。
一方、江戸時代の力石や、太田道灌が献植し1942(昭和17)年に枯れた「道灌杉」の跡など、歴史を物語る遺物も現存する。

昭和天皇御即位60年記念事業として、1880(明治13)年造の旧社殿から建て替えられた社殿は、その竣工からたった一年半余りで中核派の放火ゲリラの標的とされ灰燼に帰した。
当時氏子など関係者の心中はいかばかりであったことか察するに余りあるが、失意の淵から早々に立ち上がり奉賛活動をが進めた結果、目標を上回る奉賛金、そして全国各地の神社から多くの義援金が集まったという。
これに火災保険金を加え事業費が賄われることとなり、事件の翌年に現社殿の再建にいたった。

境内社


境内社は社殿向かって左手に3社が鎮座する。
天王社には八雲神社・諏訪神社・胡録神社が合祀され、須佐之男命・建御名方命・面足命・惶根命が祀られている。

天王社の横に稲荷神社(宇迦之御魂命)、石祠は御嶽神社で日本武命・櫛真知命・大己貴命・少彦名命を祀る。

三本願い松


末社の前にそびえる松は当社の御神木。
「悪しきことはスギ去れ、願い叶うをマツ」といって、杉に願を掛け不運・災難を除け、松に幸福を願うと必ず成就するという言い伝えにもとづき「三本願い松」とよばれる。
末社側の二本の松のそばに案内板が立てられているが、三本目が見当たらずどこかと思いきや、社務所前の一本がそれ。

御朱印

沼袋氷川神社の御朱印は、社殿向かって右手の授与所にて受けられる。
初穂料300円。

沼袋氷川神社の地図