香取神宮(下総国一之宮)

2014年4月29日


御祭神:経津主大神(伊波比主命)
社格:延喜式内名神大社・下総国一宮・旧官幣大社・勅祭社・別表神社
URL:http://www.katori-jingu.or.jp/
所在地:千葉県香取市香取1697
最寄駅:JR成田線 香取駅・佐原駅
関鉄グリーンバス 香取神宮停留所
御由緒:創建は紀元前643(神武天皇18)年とされる。
鹿島神宮の祭神、武甕槌大神とともに東国平定と監視の重要拠点として朝廷が配祠したという説の他、有力氏族により祭祀された等諸説ある。
古くから国家鎮護の神として重要視され、927(延長5)年制定の延喜式神名帳には下総国香取郡に「香取神宮 名神大 月次新嘗」と記載されて式内名神大社に列しており、当時「神宮」の称号で記されたのは、伊勢神宮・鹿島神宮と香取神宮の三社のみである。
また歴代の天皇・皇族の他、将軍・武家による参拝や社地寄進、社殿造営も度々あり、坂上田村麻呂、源頼朝、足利尊氏、徳川家康らの名が並ぶ。
延喜式制定以後20年毎の式年遷宮が行われていたが、南北朝以後記録は途絶え、戦乱の世情に於いて実施が困難になったものと推測される。
江戸時代に入り、幕府により1607(慶長12)年に社殿造営が行われ、1700(元禄13)年にも五代将軍徳川綱吉により再度造営が行われ、この建立された本殿・楼門、祈祷殿(旧拝殿)が現存している。
1871(明治4)年5月14日、近代社格制度における官幣大社に列し、1942(昭和17)年勅祭社に指定された。
第二次世界大戦後は神社本庁の別表神社に列している。
なお、当宮は鹿島神宮とともに平安期から続く、宮中祭祀の一つ四方拝で遥拝される一社となっている。

印象的な二の鳥居と社号碑。そこから上り坂の参道がカーブを描きながら総門まで続く。


参道を登り始めるとすぐ左手に脇道がある。
その先には鹿島神宮同様の伝説が残る要石と、末社護国神社・押手神社が鎮座する。
護国神社は明治以降の国難で殉じた香取郡出身者を祀る。
押手神社(おしてじんじゃ)の祭神は宇迦之御魂神。

参道途中、総門の少し手前に神池がある。美しい庭園の奥に小さな滝があり池へと注ぐ。

総門をくぐると手水舎。そこから右に向かうと楼門である。

本殿と楼門は国指定重要文化財、拝殿は国登録有形文化財となっている。
黒塗の重厚な社殿に極彩色の彫刻が映える。

香取神宮は摂末社が非常に多い。
楼門外側向かって左に末社市神社・天降神社・馬場殿神社、右に末社諏訪神社。
天降神社(あまくだりじんじゃ)祭神は伊伎志爾保神、鑰守神。市神社(いちがみしゃ)祭神は事代主神。
馬場殿神社の祭神は建速須佐之命、諏訪神社の祭神は建御名方神。

楼門内拝殿に向かって左奥に摂社匝瑳神社。祭神は磐筒男神と磐筒女神(経津主神の父母神)。
拝殿に向かって右手奥、宝庫そばに摂社鹿島新宮。祭神は武甕槌大神と天隠山命。

本殿裏手に末社櫻大刀自神社(さくらおおとじじんじゃ)。祭神は木花咲耶姫命。
その横を過ぎ桜馬場に出て右手に進むと末社六所神社が鎮座する。
須佐之男命、大国主命、岐神、雷神二座の他、花薗神社(靇神)を合祀している。


さて、香取神宮を参拝したら、必ず参拝を勧めたいのが奥宮である。
天降神社・馬場殿神社から一旦境内を出て西へ向かい、しばらくすると左手に鳥居が見える。
この奥宮の鳥居が目に入った瞬間から、もう空気が変わる。
そう、ここは鹿島神宮同様、経津主大神の荒御魂を祀る場所。強い神気は当然である。
奥へ進むと社殿が引き締まった気を放っている。
ちなみに社殿は1973(昭和48)年の伊勢神宮遷宮の際の古材を使用しているとのこと。
ここに来れただけで良かったと思える神域である。

香取神宮 御朱印帳。初穂料1,000円。

香取神宮 御朱印。初穂料300円。拝殿向かって右手の授与所で受けられる。