田柄天祖神社
概要
江戸時代初頭の慶長3年に勧請され、神明ケ谷戸一円の産土神として祀られていた。
境内には明治26年に建立された「田柄用水記念碑」が残されている。
御祭神 | 天照大御神 |
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社格 | 旧無格社 |
鎮座地 | 東京都練馬区田柄4-27-5 |
最寄駅 | 東京メトロ有楽町線・副都心線 地下鉄赤塚駅 東武鉄道東上線 下赤塚駅 |
URL | — |
御由緒
口伝によれば、江戸時代初頭の1598(慶長3)年4月5日、上野伝五右衛門等が伊勢神宮へ参詣、勧請した御分霊を邸内に奉安した。
後に村民が社殿を造営し、神明ケ谷戸一円の産土神として祀り、「神明宮」「神明社」と称した。
長松山地蔵院泉蔵寺が別当で、1834(天保5)年には社殿の改築がなされた。
1868(明治元)年、神仏分離により独立し社殿を造替している。
泉蔵寺は他三ヶ寺とともに真言宗豊山派の練月山愛染院観音寺(春日町4-17-1)に合併された。
1873(明治5)年4月5日、天祖神社と改称した。
戦後の1955(昭和30)年頃より計画し社殿・神楽殿等を一新、1960(昭和35)年に奉祝祭を行っている。
境内紹介
鎮座地は田柄愛宕神社から近く、同社から200m弱南西側にある。
地下鉄赤塚駅からの直接アクセスであれば、2番出口から都営田柄二丁目アパートの西側を通り、300m弱先まで南進する。
バス通りに出た後、右手に田柄交番前信号が見えるが、その一本手前の路地に入り再び南へ。
300mほど先で右折すると、間もなく社頭にいたる。
鳥居をくぐってすぐ右手にある碑は田柄用水記念碑(練馬区登録史跡)。
もとは社地東側の分水路にあったという。
田柄用水は1871(明治4)年、田無用水を分水し開削されたものの、当初は流量が少なかった。
碑は開削後二十余年を経て増水の請願がよくやく実った事を記念し、1893(明治26)年に建立されている。
ちなみに社前を通る道は田柄用水の跡である。
鳥居前の神橋も水路に関連する遺構だろうか。
社頭の掲示には、明治天皇の御製が記されていた。
我々が意識していないときでも、神々は常に我々に寄り添い、この国と民を護っている。
そして天皇は祭儀を通じ、世の安寧のため祈り続けてきた。
静かな住宅街の中、穏やかに佇む社殿で敬意と謝意を表し、社をあとにする。
境内社
社殿両脇に末社が三社鎮座している。
社殿向かって左手には御嶽神社(櫛麻知命)と榛名神社。
社殿向かって右手には稲荷神社(宇迦之御魂神)。
御朱印
田柄天祖神社には神職が常駐していない。
御朱印は本務社の鷺宮八幡神社にて受けられる。
初穂料300円。
田柄天祖神社の地図
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