太田神社
概要
鎌倉時代の武将・那須与一公の守本尊である八幡大菩薩木像を御神体とする神社。
御朱印は参拝者自身で押印するユニークな形式で授与される。
御祭神 | 誉田別命 合祀神 澳津彦命・澳津姫命・火産霊神・宇迦之御魂命・高龗之神 |
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社格 | 旧無格社 |
鎮座地 | 東京都大田区中央6-3-24 |
最寄駅 | 都営地下鉄浅草線 西馬込駅 東急電鉄池上線 池上駅 東急バス 品94・井03・井09・森04・森05・森06系統 池上営業所停留所 |
URL | http://yoichi.tokyo.jp/ |
御由緒
創建時期は戦災により記録が失われたため不詳だが、覺應山長勝寺(大田区中央6-6-5)が旧別当寺であったことや、新編武蔵風土記稿に当社の記録があることなどから江戸時代中期頃には成立していたとみられる。
古くは「正八幡宮」「家運八幡宮」などと称され、1868(明治元)年の神仏分離令により独立し「太田神社」と改称された。
現社号に改称された理由については、当地を所領していた太田新六郎康資が氏神としていたため改称されたとする説がある。
また、江戸城築城の際、太田道灌が候補地として当地を検分したことにちなむという説もあるが、いずれも確証はない。
1945(昭和20)年5月24日の空襲により社殿と舞殿を焼失するが、御神体は長勝寺に遷されていたため、難を免れ現存している。
この御神体は、背部に正八幡と那須與市宗高の墨書がある衣冠装束姿の八幡大菩薩木像で、那須與一宗高の守本尊であったとされている。
1953(昭和28)年に現拝殿が木造で再建された。
本殿は焼失以来49年を経た1994(平成6)年に、鉄筋コンクリート造で再建された。
境内紹介
最寄りの西馬込駅からは徒歩で約1.2kmほどの行程。
池上駅からは1.5kmほどになるので、脚力に自信のない方はJR大森駅や池上駅から利用できる東急バスを勧める。
一帯は武蔵野台地の突端で、当社地は傾斜地になっている。
参道の63段ある石段を登ると、右手に手水舎がある。水盤には「家運」の赤い文字。
境内の建築物は戦後建てられたものばかりだが、狛犬は1901(明治34)年奉納。
また拝殿の木鼻は、戦後造営の社殿には珍しく彫りが細かい。
境内社
当社には、周辺にあった竃神社(澳津彦神・澳津姫神・火産霊神)、稲荷神社(宇迦之御魂神)、貴船神社(高龗之神)が合祀されている。
また境内社として稲荷社が一社鎮座している。
神輿
御朱印・御朱印帳
御朱印
太田神社の御朱印。
初穂料300円。
当社は上神明天祖神社の兼務社であり、普段は優しい年配のご婦人が社守としていらっしゃる。
参拝時は境内の清掃をなさっていたご婦人に尋ねてみたところ、対応してくださった。
スタンプは全て参拝者自身が押印する形式で、日付の墨書きも同様。
見本があるのでご安心を。
神紋の色を朱と金の2色から好きな方を選べるのも面白い。
例大祭限定御朱印
太田神社では5月の例大祭で限定御朱印が授与される。
二種類が用意されており、セルフではなく巫女・職員の方による授与となる。
社号や「例大祭」などの文字のほか、屋島の戦で平家が掲げた扇の的を、那須与一が射落とした伝承にちなむ矢羽と扇の印判が増えている。
神仏別當御朱印
2017(平成29)年の例大祭で、隣接する旧別当寺・長勝寺の協力により授与された神仏別當御朱印。
太田神社で「八幡大菩薩」の御朱印、長勝寺で「妙法」の御首題をそれぞれ受ける。
両方を見開きで受けた場合、「神仏別當」の金印が太田神社で捺される。
御朱印帳
太田神社の御朱印帳。
初穂料1,000円で同デザインの色違いでピンクもある。
サイズは大判(12×18cm)。
那須与一公がゆるキャラ化され、海上で弓を引いている。
通常サイズ(11×16cm)の御朱印帳。
初穂料1,500円。
化粧紙仕上げで、図柄は屋島で与一が弓を射た場面。
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