隅田川神社

   

隅田川神社
御祭神:速秋津日子神・速秋津比賣神・鳥之石楠船神・大楫木戸姫神
社格:旧村社
所在地:東京都墨田区堤通2-17-1
最寄駅:東武鉄道伊勢崎線(東武スカイツリーライン) 鐘ヶ淵駅
URL:http://www.tokyo-jinjacho.or.jp/syoukai/13_sumida/13014.html
御由緒:創建の年代は不詳。
伝承では神代の昔、神亀に乗った御祭神が隅田川東岸に突き出た浮洲の丘に鎮座した。
住民が「浮島」と呼んだこの島は、隅田川の増水にも沈むことがなかったといい、この島に仮宮を建てて浮島宮と号した、とされる。
降って治承年間(1177~1181年)、源頼朝が関東下向の折、暴風雨に遭い当地に至った。
そこで荒天の鎮静を当社に祈願し、水神の霊験に感じて社殿を造営したと伝えられている。
墨田郷の総鎮守として崇敬を集め、また当地が河川交通の要衝であったことから、特に船主や船頭などの水運業者らにも篤く尊崇され「水神社」「船霊社」とも称された。
1733年(享保18)年5月28日、幕府は疫病死者の慰霊と悪病退散を祈願する目的で川開きの日に水神祭を斎行し、その際花火師・鍵屋六代目弥兵衛の仕切りで20発前後の花火を打ち上げたのが、現在の隅田川花火大会のルーツである。
本殿は1848(嘉永元)年造営ののち1858(安政5)年に再建、拝殿は1864(元治元)年8月に造営されたものである。
1872(明治5)年に社号を隅田川神社と改称した。
戦後、首都高速6号向島線と防災拠点建設事業のため、旧地の南約100mの現在地に遷座している。
上記に伴う境内各施設移動や参道変更など、一連の整備事業は1980(昭和55)年6月に完了した。
隅田川神社 一の鳥居と社号標隅田川神社 社号碑
隅田川神社 石標隅田川神社 二の鳥居と社号標
最寄りの鐘ヶ淵駅西口から、交番の裏を通り右折し道なりに進み、墨堤通りに出たところで左折する。
そこから二つ目の横断歩道を横断したところに一の鳥居が建っている。
鳥居のそばには「水神道」と刻まれた石標、そして「水神社」「船霊社」の社号碑も。
参道が都営白髭東アパートの6号棟と7号棟の間を通っていることに少々驚く。
隅田川方向に続く参道は東白髭公園内の歩道を兼ねる形式になっている。
隅田川神社 神亀 (1)隅田川神社 神亀 (2)
当社の神域を護るのは神亀。
台座に埋め込まれているのは力石だろうか。
そばの燈籠は上部が失われているが、古い年代のものであろう。
隅田川神社 手水舎隅田川神社 神楽殿
隅田川神社 拝殿隅田川神社 本殿
かつてこの付近は江戸有数の景勝地で、隅田川河畔には料亭や茶屋が多く営まれていた。
現社地はその中のひとつ「水神八百松」の跡地だそうだ。
六代目三遊亭圓生の演目のひとつとして有名な落語「水神」は、当社がその舞台となっている。
隅田川神社 三財稲荷神社・若宮八幡神社隅田川神社 粟島社・金神社・元関屋天神社
隅田川神社 祭神不明小祠
境内社の三財稲荷神社(宇迦御魂命)・若宮八幡神社(神功皇后・應神天皇・仁徳天皇)。
若宮八幡は大正時代の荒川放水路開削により、当社へ遷座している。
粟島社(大国主命)・金神社・元関屋天神社(菅原道真命)は合殿にて祀られている。
各種の資料には金神社について記述がなく祭神などは不明。
ほかに丑寅神社(須佐之男命)の存在が記されているが、どこに祀られているかも不明。

隅田川神社 御朱印
隅田川神社 御朱印。初穂料300円。
境内手水舎付近の社務所にてお願いできる。
ただし宮司様は神職と兼業とのことで、通常はご不在がちである。
その代わり、御朱印帳を預かっていだたける。



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