鳥越神社

2014年5月24日


御祭神:日本武尊・天児屋根命・徳川家康
社格:旧郷社
URL:http://www004.upp.so-net.ne.jp/kab_ra/
所在地:東京都台東区鳥越2-4-1
最寄駅:都営地下鉄浅草線・大江戸線 蔵前駅
JR総武線 浅草橋駅
御由緒:651(白雉2)年5月の創建とされる。日本武尊は東国平定の際、白鳥村と称していた当地に滞在した。
村民がその御威徳を慕い、福徳円満・恒久平和を念願し白鳥明神として奉斎したのがはじまりとされる。
永承年間(1046~1053年)源頼義・義家親子に朝廷より奥州鎮定の勅命が下り、軍勢は東国に向かう道中、武蔵の大川(旧宮戸川・隅田川)の河口越えに難儀していた。
そこに一羽の白鳥が飛来し川の浅瀬に下り立ち、対岸に渡れる場所を暗示したといい、これにより軍勢は無事対岸へ渡った。
義家は白鳥明神の御加護であるとして山頂の本社に参拝し、鳥越大明神の社号を奉ったという。
以後、当社は鳥越神社と称されるようになった。
時は移り、徳川家康江戸城へ入城の折、旗本達の居住地が必要となり、当社の御手洗池であった姫ヶ池(三味線堀)が埋め立てられ鳥越の丘はとり崩された。
二代将軍秀忠の時代、(元和6)年、隅田川の水上交通や諸々の交通における利便性から、幕府御用の米蔵を建てる事となり、鳥越の丘の土壌は更にとり崩され、埋め立て地は御蔵前と称されるようになった。
更に、家光の時代、(正保2)年浜町矢の倉建設によって、鳥越の丘はまたもとり崩され、完全に消滅した。
この時、山の上の鳥越三所明神に移転が命じられた。
熱田神社は山谷(新鳥越町)へ、榊神社は堀田原へ遷され、当社も他に遷されそうになったが、日本武尊御駐在の由緒あっての御鎮座地であることから元地に残った。
徳川家康を祀っていた松平神社が関東大震災で焼失したため、1925(大正14)年、当社に合祀された。

交通機関で最も近いのは浅草線蔵前駅。
江戸通りを南進、蔵前橋通りへ出て右折、通り沿いに鳥居が見えてくる。
社号標の文字は第52~54代内閣総理大臣・鳩山一郎氏揮毫による。

社殿前には獅子さんが一対。
東大寺南大門型の護国系。


社殿の左に細い参道があり、本殿脇付近に境内社が二社鎮座している。
蔵前橋通り側に祖霊舎、本殿側は志志岐神社(御祭神・豊玉姫命)。

正面鳥居から入った突き当たり右手にもう一社、境内社の福寿神社が鎮座する。
御祭神は倉稲魂命・大黒天神・恵比寿神・菅原道真公。

鳥越神社 御朱印帳。初穂料1,300円。
一見落ち着いた意匠だが、細やかな刺繍に箔押しされた七曜紋と月星紋が映える。

鳥越神社 御朱印。初穂料300円。
正面参道から入った突き当たり付近にある社務所にてお願いできる。
毎年6月初旬に斎行される例大祭時には七曜紋が白抜きではなくなり、月星紋と「鳥越祭」の印が加わる。

おまけ

鳥越神社の御本社宮神輿(千貫神輿)。
都内最大級の重量(重さ4トン)といわれる神輿で、大祭時に実際に渡御されている。
ちなみに富岡八幡宮の一の宮神輿が日本最大の神輿(重さ4.5トン)といわれるが、こちらは渡御されない。