綾瀬北野神社(綾瀬天神)

概要

戦国時代の永正元年、旧別当・養福寺中興の際に祀られた稲荷社・天神社・第六天社・八幡社を起源とする。
現在は綾瀬稲荷神社・綾瀬神社とともに、綾瀬三社と称され親しまれている。

御祭神 菅原道真公
相殿
宇迦之御魂命
社格 旧無格社
鎮座地 東京都足立区綾瀬2-23-14
最寄駅 JR常磐線 綾瀬駅
東京メトロ千代田線 綾瀬駅
URL

御由緒

1504(永正元)年8月、葛西青砥村の新義真言宗寺院・薬王山宝持院真頂寺(青戸8-18-18)の僧侶・賢空が、同寺の寺領であった普賢寺村の文殊山養福寺(綾瀬2-19-13)を中興開基した。
この時養福寺の隣地を神域として社殿を造営し、稲荷社・天神社・第六天社・八幡社を祀ったのが始まりである。
新編武蔵風土記稿では、普賢寺村の条に「稲荷社 村の鎮守なり 末社 天神社 第六天社 八幡社 以上三社養福寺持」と紹介している。
のち、稲荷社と天神社が合祀され、第六天社と八幡社はその末社として奉遷、社号を北野神社と称し普賢寺村全域の鎮守とされた。
1855(安政2)年10月、安政江戸地震により社殿倒壊したため再建されたほか、1862(文久2)年9月の棟札が残されるなど数度の補修・改築がなされている。
1977(昭和52)年、大規模な改修および本殿の増築が行われたのち、1995(平成3)年に拝殿が造替された。

境内紹介




綾瀬駅東口を右手に出て、高架沿いを亀有方向へ100mほど進んだ先の十字路で右折する。
そこから150m弱南の右手に鎮座地がある。
磨き上げられた御影石製の立派な社号標は、1985(昭和60)年10月に鎮座480年を記念して造立されたもの。
また一の鳥居は1928(昭和3)年、二の鳥居は1893(明治26)年と、境内の石造物は近代に入ってもなお崇敬が篤いことを伺わせる。
そのほか数基の力石や、拝殿付近に1852(嘉永5)年造の水鉢も。

江戸時代まで鎮守であった稲荷が相殿とされ、末社の北野社が主祭神となった経緯は不明。
推測だが、五兵衛神社(現・綾瀬稲荷神社)との合祀を避けようとしたのかもしれない。
いずれにせよ整えられた境内の各所から、今日まで綾瀬の人々が大事に祀ってきたことが判る。

境内社


境内社は二社。
撫牛像のそばに八幡神社(誉田別命)、区の保存樹木にもなっている御神木の銀杏を挟んで庚申塔が祀られている。
1695(元禄8)年と1700(元禄13)年造立の二基あり、いずれも石祠型である。
都内では他に類を見ない珍しい形式のため、足立区の有形民俗文化財に登録されている。
新編武蔵風土記稿にもある末社の第六天社(面足命)は、この庚申塔のようだ。

※当社は綾瀬稲荷神社が兼務しているが、御朱印については当社および綾瀬稲荷神社のいずれにおいても授与されていない。

綾瀬北野神社の地図