平河天満宮(平河天神)

2014年3月24日


文明10年6月25日、太田道灌により創建された神社。
たびたび火災に見舞われながらも、銅鳥居や石牛・狛犬など多くの文化財を今に残している。

御祭神 贈太政大臣贈正一位菅原朝臣道真公
相殿
誉田別命(八幡宮)・徳川家康(東照宮)
社格 旧村社
鎮座地 東京都千代田区平河町1-7-5
最寄駅 東京メトロ半蔵門線 半蔵門駅
東京メトロ有楽町線 麹町駅
URL http://hirakawatenjin.or.jp/

御由緒

創建は1478(文明10)年6月25日。
当時の江戸城主大田道灌が菅原道真の霊夢を見たことから、江戸城本丸内の梅林坂上に江戸の守護神として勧請したのが始まりとされる。
徳川家康入城後、本丸修築のため平川門外に奉遷、二代将軍秀忠による江戸城増築に際し、1607(慶長12)年現在地に遷座した。
当地一帯の町名は、当社号にちなみ平河町とされた。
徳川幕府の特別な待遇を受け、紀州藩徳川家、彦根藩井伊家の祈願所とされた。
別当は上野寛永寺の末寺・龍眼寺が務めていたが、明治維新後に分離し1872(明治5)年には村社と定められている。
宮城(皇居)に一番近い神社として多くの崇敬を集めたが、火災による十数度の類焼を被っており、1923(大正12)年の関東大震災、1945(昭和20)年の戦災ではほとんどの施設を焼失している。
戦後仮社殿にて祭祀を執り行っていたが、1969(昭和44)年に本殿が再建された。
翌1970(昭和45)年、社地の一部をマンション用地として賃貸し、これを財源として1973(昭和48)年に幣殿・拝殿、境内諸施設も再建整備されている。
なお、焼失を免れた1844(天保15)年造の銅製鳥居、1852(嘉永5)年造の狛犬や石牛、力石が千代田区の有形民俗文化財指定を受けている。

境内紹介


最寄りは東京メトロ半蔵門線半蔵門駅の1番出口。
余談だが、この出口の道を挟んで向かい側には、神田駿河台に鎮座する太田姫稲荷神社の分社が祀られている。
1番出口から出て右手、坂を下り三本目の路地を右折するとその先が社頭。
社号標と千代田区有形民俗文化財指定の青銅製鳥居が出迎えてくれる。
この銅鳥居は御鋳物師の家系、西村和泉家の八代目当主・西村和泉藤原政時によって製作された。
なお、新宿区の市谷亀岡八幡宮には同家五代目・西村和泉藤原政平が製作した鳥居が現存する。


参道には奉納者が異なる石牛が5体も。
古くからの崇敬の篤さがうかがえる。

境内に置かれた布袋尊像は、近くに校舎がある城西大学から奉納されたもの。
そばに植えられた梅は、季節になれば天神さまらしく紅白の花が咲き誇る。

拝殿前の狛犬は、厳密には狛犬(左)と獅子(右)の対である。
1801(享和元)年に奉納された後、火災により破損したため1852(嘉永5)年に補修し再建された記録が残る。
これも千代田区指定有形民俗文化財である。

近隣はビジネス街。
神域は、そのせわしなさと対極を成す、緑多き柔らかな空間だ。


境内社の平河稲荷神社(宇迦之御魂神)。
筆塚碑が置かれるほか、区指定有形民俗文化財の力石(天龍石)もこちらに。

大鷲神社(日本武尊)・塩神社(豊斟渟神)・浅間神社(木花開耶姫命)を祀る三殿宮。

御朱印・御朱印帳

御朱印帳

平河天満宮の御朱印帳は白とピンクの二色。
初穂料は各1,500円(初回御朱印分込み)。
御朱印にも用いられる菅公、神牛、鷽(ウソ)があしらわれている。

御朱印

御朱印は拝殿左横の社務所にて受けられる。
初穂料300円。
御朱印その他授与品を受けると御神菓のお煎餅をいただける。
毎回のお心遣いがとても嬉しい。

2016(平成28)年より、平河天満宮の御朱印には菅公のスタンプが捺されるようになった。
また、午の日限定で境内社・平河稲荷神社の御朱印も授与されている。

毎月朔日(1日)には神牛、25日(菅公の御縁日)には鷽のスタンプが捺される。
オリジナル御朱印帳拝受時に御朱印を受けると菅公、神牛、鷽のスタンプが全て捺された特別仕様になる。

限定御朱印

そのほか、祭礼や時節の行事、節句などに応じて授与される限定御朱印は次ページにて紹介する。

平河天満宮の地図